今回の旅行は、夫の「会社のリフレッシュ休暇を利用して、ビジネスクラスに乗って旅行してみたい」の一言から始まりました。
つまり、ビジネスクラスに乗れるツアーならシンガポールでもどこでもよくて、値段や日程との折り合いで、台湾に決まったという、なんともえーかげんなスタートです。
総勢21人のツアーで、参加者はみんな私たちより年上というまさしく「シルバーツアー」でした。
空港ではラウンジが利用できたり、機内食もちょっとリッチ。これはサーモンの前菜。
メインディッシュはシーフードのグリル。見た目はきれいだけど、味はやっぱり機内食の味です。
5日間の旅で一番見ごたえがあったのは最後の5日目に行った「故宮博物院」。多くが、清朝の乾隆帝の時代のコレクションで、蒋介石が台湾に逃れるときに中国から持ち出したのだそうです。
内部は撮影禁止なので、写真が撮れたのは外観だけです(作品写真が公開されているものは、リンクを張っておきました)。屋根は縁起のいい翡翠色。そして、壁は台湾で高貴な色とされる黄色。緑の山を背景に、とても美しい外観でした。北京の真っ赤な故宮博物院とは対照的です。
9時の開館と同時に中に入ったのですが、平日だというのに、ものすごい見学者の数。普通に話していたのではガイドさんの声が聞こえないので、ヘッドホンをして、ガイドの朱さんの説明を聞きながら館内を回ります。
ここでの一番人気はやっぱり翡翠で作られた
「翠玉白菜」。いつも人だかりがしていて、なかなか近づけません。
これはお妃さまの嫁入り道具で、下の白い部分は純潔を表し、緑の葉の部分に彫られたキリギリスやイナゴは子孫繁栄を表すもの。白菜は、百歳に通じることから縁起がいいそうです。
宝石からつくられたものでは
、「肉形石」も人気を集めていました。豚の角煮にそっくりだけど、メノウだそうです。表面に豚の毛穴のような細工を施してあります。
朱さんの話では、乾隆帝には3000人もの妻妾がいて、なかには一生、皇帝の顔をみずに終わる人もいたのだとか(それでも妻妾というのかしら?)。ようやく目に留まって皇帝がやってきても、悪い夢を見たなんてことになると、二度と来てもらえないどころか下手をすると殺されてしまう。
だから風水師を読んで、机やベッドの配置を動かしたりするのだけれど、窓や戸の位置を変えることはできないので、そうした場所に玉(ぎょく)をおいて、厄を払ったのだそうです。
それも、ただ玉を置いたのでは美しくないので、細工を施した玉をおく。そうしたことから、たくさんの美術品が作られたのだそうです。
細工のすごさで驚いたのは、「象牙多層球」。一本の象牙を彫って作られたもので、象牙の玉が17層にも重なって、中の球が一つ一つ回転するようになっています。しかも、その重なりあった球の一つ一つに、細かな細工が施されています。
張り合わせて作ったのではとも推測されているけれど、継ぎ目が見えず、製作法は謎なんだそう。
象牙をレースのような透かし彫りにしてつくった
「象牙の食器」などは、親子3代、60年かけて作られたそうです。
細工もので人気が高かったのは
「オリーブの種で作った舟」 。幅3cmほどの小さな種を彫って、中には8人の人が乗り、扉の開閉までできるようになっています。しかも、底には300字の文字が彫ってある。これを作った職人さんは、その後失明したそうです。
他にも、ミニチュアの文具や、
竹製のおもちゃ箱みたいなものもあって、細工の細かさに驚かされます。
当時は娯楽がなかったので、こうしたものを鑑賞して楽しんだのだそうですが、確かに、見ていてあきないでしょうね。日本人は手先が器用とよく言われますが、中国人にはもしかして負けるかも?
多くは権力者のために作られたもので、朱さんに言わせると「いいものが作れないと殺されてしまう」。職人さんも命がけだったんですね。
今回私が一番気に入ったのは、
「白磁嬰児型枕」。とっても愛らしいでしょ。
やはり子孫繁栄を願うものだそうです。レプリカがあったらほしいなと思ったけど、ありませんでした。
おもしろかったのは、「散氏盤」といわれる青銅製の洗面器。水をためるところに文字が彫られています。
これは、国と国との「詫び証文」のようなもので、負けた国の王様が、洗面器で顔を洗うたびにこの詫び証文が目に入ってきて、屈辱にまみれるというものなのだとか。思い切りいやがらせです(笑)。
この故宮博物院には65万点もの美術品が収蔵されていて、常時2万点が公開されています。その2万点を見るだけでも3日くらいかかるそうです。
私たちは2時間しかなかったので、めぼしいものを見ただけでしたが、朱さんのガイドのおかげでとても楽しめました。
展示品が入れ替わるたびに、ガイドさんたちは博物院の先生のところに勉強に行くそうですよ。