メルと歩けば

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ロックガーデンから東おたふく山

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先週末はロックガーデンから雨が峠を経て東おたふく山まで歩いてきました。
風がなくお天気がよかったので、ここに来るまでに汗びっしょり。
頂上で休憩した時も、ウインドブレーカーなしで過ごせるくらい暖かでした。

標高700m足らずの低山ながら、山頂付近には雪が残ってます。
我が家地方は街中で雪が積もることはほぼないので、
少し雪があるだけでもテンション上がります。
東おたふく山は登り口から頂上まで30分ほどだから、
ファミリー登山にもうってつけ。
雪が降った翌日に子どもを連れてきてあげたら喜ぶだろうな~。







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# by mell1999 | 2017-01-31 17:40 | 山歩き | Comments(0)

1月のアレンジボランティア

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母の入院騒ぎで遠ざかっていたデイサービスのアレンジボランティアも
今月から再開しました。

ドラセナをリボンのように入れてから
中央にバラとアルストロメリア、オンシジュームを入れています。

今回も利用者さんたちには大好評。
なかには、アレンジに加わらない人に
「あんたもやればいいのに。なんでやれへんの。やりやり~」と
しつこいくらいに勧める利用者さんも。
基本的に申し込みのあった人の材料しかないので、
ああっ、その気にさせたらあかんて~!と、ちょっと焦ったりして。
でも、ほんとに楽しんでくださってるってことですよね。
アレンジをしている時の利用者さんのニコニコ顔が励みです。

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# by mell1999 | 2017-01-27 09:38 | フラワーアレンジ | Comments(4)

「べっぴんさん」part2発売です

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NHKの朝ドラ「べっぴんさん」のpart2が発売されました。
今回は主に企画ページを担当しました。
本屋さんでみかけたらお手にとっていただけるとうれしいです。



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# by mell1999 | 2017-01-26 23:37 | 仕事 | Comments(4)

3年半ぶりに、「白内障」の続き

またもやすっかり病気ブログと化してますが、
今度は久々に私の白内障の話の続きです。

白内障が見つかったのは5年ほど前。
当時のかかりつけ医にしつこく手術を勧められつつも
自分ではそれほど不便さを自覚してなかったことや
あとになるほど眼内レンズが進化するだろうし
ひょとしたら多焦点レンズが保険適用にもなるかもしれないしと
淡い期待を抱いてそのままにしてきました。

でも、最近は夜道を歩いていて前方から車がくると
ライトに目がくらんで周囲が見えなくなるし
(なので夜道は懐中電灯を持って歩きます)
昼間の外出でも、お天気のいい日はまぶしくて
街全体に薄い霞がかかっているように見えるんです。

さすがにそろそろよねと感じつつ、
内心では「それほど急ぐことないよ」と言われるかもと
ここに至って、まだ往生際の悪いことを考えていたんですが、
病院で検査を受けたところ、やはり手術をした方がいいとのことでした。
進行の程度はそれほどではなくても、
水晶体のにごりが中心部にかかっているため、
よけいに見えにくいのだそうです。

眼内レンズは期待通り進化していました。
単焦点レンズと、遠・近にピントが合う二焦点レンズに加えて、
遠・中・近にピントがあう三焦点レンズが使われるようになっているんです。
ただ、三焦点レンズは性能が良くなったとはいうものの、
人によって合う合わないがあるし、術後の満足度にも個人差が大きいのだとか。
おまけに保険がきかないのでレンズの費用が片目で45万円くらいかかります。

単焦点レンズは一番シャープに見えるし健康保険が使えるものの、
遠くに焦点を合わせた場合は手元を見るための
近くに焦点を合わせた場合は遠くを見るためのメガネが必要になります。
私の場合は、日ごろからメガネを掛け慣れていると言ったら
検眼の方に即、「単焦点レンズがいいですね」と言われました。
どうしてもメガネを掛けたくないという人や、
若くして手術をする人などは多焦点レンズを検討することになるのでしょう。

そんなわけでトントンと話が進み、初回は精密眼底検査や精密眼圧検査
屈折検査など7種類の検査をうけ、手術の日取りとそれまでの検査日や
先生の受診日の予約を終えて帰ってきました。
めちゃめちゃ患者さんが多い病院で、先生が何人もいるにもかかわらず
受付から会計終了までに、なんと4時間もかかりました。

病院からは60ページ近い手製の冊子を渡されました。
そこには手術前後の注意事項や白内障手術の説明、眼内レンズの説明、
手術後の見え方やリスクの説明などがびっしりと書かれています。
この冊子を読むと白内障のことがすごくよくわかり、
もうガッテン、ガッテン、て感じ。
手術への不安もずいぶん払拭されました。
なにより、話を聞いただけではすぐに忘れてしまうので、
こうして冊子になってるとすごく助かります。

あとはまな板上の鯉……になる前にまだ検査があるけど、
このもやーっとした視界がスッキリ良好になるのかと思うと
ちょっと楽しみでもあります。







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# by mell1999 | 2017-01-24 15:21 | 白内障 | Comments(2)

「86歳の母が胃の全摘手術をうけました」の記 ●その9 退院後1カ月

早いもので母が胃がん手術をして退院してから1ヵ月あまりが過ぎました。
手術から退院までの19日間はあんなに長く感じたのに、この一ヵ月はあっという間。

病院での母は、人の付き添いがないと歩くことができず、
今にも転びそうにヨタヨタだったので、退院後のことはすごく心配でした。
夜中に吐いて、それがのどに詰まったらどうしようとか、
トイレに行こうとして転ぶんじゃないか、
あるいは認知症がひどくなった父が夜中に失禁して、
病み上がりの母一人で後始末をすることになったらどうしようとか、
よからぬ妄想がどんどん湧いてくるんです。
それで、自宅の母のベッドにワイヤレスの呼び出しチャイムを備えつけて、
何かあればすぐに2階の兄夫婦に連絡できるようにしてもらいました。

帰宅初日こそベッドで寝ていた母ですが、不思議なもので、
病院ではほとんど歩けなかったのに、家に戻ると結構動けるんです。
なんたって狭いから手を伸ばせばどこかに支えがあるし、
家にいるとなにかとすることがあるものね。

食事は、朝食くらいは自分でできるというので、昼前に私が行って、
昼食と夕食を手伝うことにしました。
私としては認知症予防のためにも食事作りは自分でやってもらって、
私はあくまで「お手伝い」のつもりだったんですが、私がいると母は全く動かない。
食事はもちろん、おやつも「ヨーグルト食べるわ」と言って、チンと座ったまんま。
しょうがないのでハイハイと出してあげるんですが、これが3,4日続くと、
それまでの病院通いの疲れもあって、だんだんと、モヤモヤイライラしてきました。
くわえて、父が同じようなことばかり繰り返ししゃべり続ける……。
そんな父に文句を言う母を、以前は「病気なんだから仕方ないやん」
とたしなめていたのに、毎日付き合っていると私もうっぷんがたまって、
気づいたら母に加担して父に文句を言ってるやないですか。
こりゃだめだ~と思い、自宅通いを1日休んでリフレッシュし、
その後少しずつ頻度を減らし、今は週2回のペースで実家に行くことで落ち着いています。

母の体調はというと、一番の問題は食べられないことです。
入院中より食事量が減ったんじゃないかと思うくらい食べられない。
胃の全摘後には、嘔吐や下痢、腸閉そくなどの後遺症がおきやすいので、
こわごわ食べているところもあるし、そもそも食欲が全然わかないみたいです。
少し食べるとのどが詰まるといい、お茶さえも詰まるので水分で流し込むこともできず、
吐き出してしまうこともたびたびです。

退院後1週間目に受診した際の先生のお話しでは、
術後少しして食道と腸をつないだ部分がむくんでくることがあって、
のどが詰まるもそのためなので心配ないそうです。
「順調に治ってますよ。せっかく大変な手術をして治ったんだから、
不慮の事故に気をつけて体を大事にしてくださいね」と温かい言葉をかけていただいて、
本当にいい先生に診てもらえたなと思いました。
先生に「順調」と言ってもらって、母も自信をつけたようでした。
そして、退院後2週間ほどするとむくみがひいたのか、
「のどが詰まらなくなって、お茶もおいしく飲めるようになった」と
明るい顔をするようになり、毎日母の体調をうかがっていた私もほっとしました。

とはいえ相変わらず食事量は少なくて、何かの拍子に戻したり、
腹痛をおこしたりすることもたびたびです。
間食用にと少量で高カロリー・高たんぱくがとれる栄養補助食品も買ったけど、
おいしくないと言って食べてもらえませんでした。
考えてみれば、少ししか食べられないからこそ、
おいしいものを食べたいというのが人情ですよね。

父の認知症も母が戻ってからは少しましになったように思えるものの、
母が以前にもまして父に文句タラタラになってしまったのが、これまた心配の種。
でも、毎日父と付き合うのは本当にしんどいと、私も身に染みました。
ともあれ今は、母が「自分は大事にされている」と、
日々感じて生きてもらえたらいいなと思っています。


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# by mell1999 | 2017-01-22 11:36 | 胃がん | Comments(2)

今年も山から

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今年は介護の1年だ!
と覚悟して迎えた2017年。

心配していた母は、予想以上に順調に回復しています。
物忘れがひどくなっているなど認知機能の衰えはやっぱりあって、
見守りは続けていく必要はあるものの、
入院中に予想していた状態と比べれば上々。
うれしい拍子抜けといったところです。
(退院後のことはまた改めて書く予定です)

そんなわけで、今年もやっぱり年明けから山を歩いています。
自宅から歩いて行ける毎度おなじみのコースばかりだけど
広葉樹の葉がすっかり落ちた山は
今まで見えなかった景色が見渡せたり
いつもは葉っぱに隠れている小鳥の姿が見えたりして
また違う楽しみがあります。

元日にひいたおみくじは人生初の「大吉」。
もうそれだけで、この一年は大丈夫って気になってます。
遅ればせながら、皆さんにとっても良い一年となりますように。







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# by mell1999 | 2017-01-07 23:23 | 山歩き | Comments(4)

お正月飾りを作りました

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今年最後のフラワーアレンジでお正月飾りを作りました。
例年、ランなど洋花もよく使ってましたが、
今回は和花ばかりで和の雰囲気たっぷりです。

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初めて見たブルーの葉ボタン。
白い葉ボタンに色水を吸わせて色をつけたみたいだけど
とてもきれいな青色です。

今日は実家専属へルパーもお休み。
このところ実家の家族以外の人とまともに話をする機会がなかったので
久々の友人たちとのおしゃべりですごくリフレッシュできました。
といっても、ついつい話題は介護や病気のことになっちゃいましたけど。



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# by mell1999 | 2016-12-27 17:57 | フラワーアレンジ | Comments(0)

「86歳の母が胃の全摘手術をうけました」の記 ●その8 退院

13日目。また少しろれつが回りにくくなっていたけど、
しばらく話をしているうちに戻りました。
やっぱり人と話をする刺激が大事なんだろうなと思います。

14日目。ドレーンを抜いた跡からまだ浸出液が出ているので、
先生がやってきて、ここで縫っちゃいましょうと言って、
ベッドの上で二針縫ってくれました。
なんだかえらく簡単です。
これで1週間ほどそのままにしておけば治るそうです。

15日目。栄養士さんがきて、栄養指導をしてくれました。
辛子やコショウなどの刺激物、生モノ、キノコやゴボウなどの繊維質の多い野菜、
油っこいものなどは当分食べられないとのこと。

この時点で先生からはいつでも退院OKと言われ、
はれて18日に退院することができました。
要は管がすべて抜けて、食べられるようになったら退院できるっていうことでしょう。
ネット検索すると、元気な人は8日ばかりで退院できるみたいです。
人間の身体の回復力ってすごい。

母は入院中に足が弱ってしまって見るからに危なっかしい足取りなので、
退院後は洗濯などは兄嫁に手伝ってもらい、
食事は私が実家に通って手伝うことにしました。
退院時に病院からもらったプリントには「退院後の福祉サービスは不要」
という医師の判断が書かれていて、父がお世話になっているケアマネさんにも
母の状態では介護認定はおりないと言われました。
でも、独り暮らしの高齢者だったら、この体調では買い物にもいけず食事もままならないはず。
独り暮らし高齢者予備軍の私としては、またまた将来に不安を感じてしまいました。

母がゆっくりながらも回復する一方、ショートステイでぼーっと過ごした父の認知症は一時的に悪化し
そのことを聞いた母が「退院するのがちっとも楽しみに思えない」とごねるなど色々ありましたが、
ともかく無事に退院することができました。
とりあえず、手術編はこれでひと段落。
また退院後のことなども、折を見て書いていこうと思います。

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# by mell1999 | 2016-12-24 23:40 | 胃がん | Comments(2)

「86歳の母が胃の全摘手術をうけました」の記 ●その7 HCUから病棟へ

9日目。ようやくHCUから一人部屋の病棟に移ることができました。
HCUは四六時中さまざまな計測器の電子音が鳴り響いているし、
重症の方の苦しそうな声、看護師さん同士の連絡の声が飛びかっていて、
身動きできない体であの中にいると、頭がおかしくなると母は言うのですが
本当にその通りだと思います。
回復しないとHCUから出られないのだけど、
一方で、HCUにいると回復が遅れる。そんなジレンマを感じます。

ともあれ病棟に移ってホッとしたものの、
母は、またまた少し言葉があやしくなっていました。
テレビの音声を聞くためにイヤホンを入れようとするんですが、
なんと、耳たぶに押し付けて入らない入らないって言ってるんです。
後で聞いたところによると、この頃は距離感がつかめなくなっていたそうです。

おやつのワッフルを半分残したので、
「栄養をとるためにクリームだけでも食べた方がいいよ」
と言ってスプーンでクリームをすくってあげると、
スプーンを受け取るかと思いきや、
鳥の雛よろしくパカッと口を開けて待っているし。
こりゃあかんわとガックリきました。

まだ幻覚も見えていました。
「ビニール袋が上がっていく」と言って壁を指差すので、
ついイラッときて「また幻覚見てる」と言ってしまいました。
母が「幻覚を見るようになったら終わりや」とつぶやくのを聞いて。
不安にさせるようなことは言ってはいけないと思っていたのにと
たちまち自己嫌悪です。

さらに困ったのが、膝の痛みです。
右足だけだったのが両足に広がり、少し動かしても痛むと言うのです。
そんな母を見ていると不安でいっぱいになって、
またもや落ち込みながら帰ったのでした。

10日目。一人部屋から四人部屋に移動。
不思議なことに、朝起きたら足の痛みがなくなっていたそうで、
言葉もはっきりして昨日とは別人のよう。
ただ、足のむくみはひどく、腕にまで水がたまってブヨブヨです。

足の痛みはおさまっても、まだ点滴と栄養チューブ、尿道カテーテルが入っているので、
車いすに乗り移るのも一苦労。
なにより足に力が入らず、自力では立ち上がることもできません。

この日は中学の同窓会幹事会が夜にあって、
最初は疲れているのでパスしようと思ったのですが、
気分を変えたくて参加しました。
さすがアラカン。やっぱりみんな親の病気や介護で苦労しているし、
自身も大きな手術を経験したという人もいて、
そんな話を互いにしているうちに、すごく気持ちが楽になっていました。

11日目。またまた不思議なことに、昨日は全然足に力が入らなかったのに
この日はゆっくりとだけど自力で立てるようになっていました。
たった1日でこれほど大きな変化が起きたことに、母自身も驚いていました。
少しずつでも食事がとれるようになったことが大きいのかもしれません。
この日、尿道カテーテルが抜けました。

手術の傷跡もすっかり治っていましたが、
ドレーンを抜いた傷口の一方がふさがらず、
いつまでも浸出液が出てパジャマが濡れてしまうのが困りものでした。

12日目。午前中の血液検査の結果、先生からOKが出て、
ついにすべてのチューブが抜けて心電図計のみに。
トイレにも歩いていけるようになって、
ようやく回復を実感できるようになりました。



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# by mell1999 | 2016-12-22 23:01 | 胃がん | Comments(0)

「86歳の母が胃の全摘手術をうけました」の記 ●その6 術後せん妄

五日目。両脇腹のドレーンが抜けました。
でも、せん妄は昨日より悪化していてろれつがまわらない。
それでいて、ずっとしゃべり続けるのです。

「駅前で買い物して帰ろう」なんて言うので適当に返事をしていると、
そのうち起き上がって帰ろうとし始めます。
「まだ治ってないからもう少し病院にいてね」と言うと、
さも不満そうに「へいへい」だって。
まるで子供のような返事が返ってきてちょっと笑えました。

術後せん妄は一時的なものとわかっていても
その様子を目の当たりにすると本当に戻るのかとすごく不安になります。
私は友人から「父もなったけど大丈夫だったよ」と聞いていたので
わりと落ち着いていられたと思います。

とはいえ六日目。
せん妄がさらに悪化しているんじゃないかと思うと、
病院に向かう電車の中でだんだん動悸が高まってきて、
私自身もちょっと危ないかもと…。
ただ、仕事が忙しい時期だったので、
家で仕事をしている間だけは母のことを考えずにいることができたのが
今振り返ってもすごくよかったと感じます。

さて、病院に行くと、前日とは打って変わって
普通に近い会話ができるようになっていましたが、
顔は能面のようで、全く表情がないことが気がかりでした。
また、この日は鼻カニューレがとれていました。

いつものように足のマッサージをしていると外科の先生が来られて、
「明朝、せん妄が出なければ重湯が飲めますよ」と説明してくださいました。
逆に、せん妄があるといつまでも口から食べられないし、
食べられないとチューブもはずせないそうで、
高齢者の中には食べることを忘れてしまう人もいるとか。
どうか明日もせん妄が出ませんようにと祈る思いで病院を後にしました。

この日は実家にも寄って、ショートステイから戻った父と夕食を食べました。
施設の職員さんがあれこれ遊びを用意してくれるデイサービスとは違って
ショートステイは食事やお風呂などの生活を支援してくれる場なので、
自分から意欲をもって何かをすることができない父は、
日中何もすることがありません。
なので、父の認知症が一層進むんじゃないかとこれまた心配で。
我ながらつくづく心配性です。

七日目。HCUで退屈している母に本と雑誌を持っていきました。
この日はせん妄が出なかったので、ようやく重湯を飲むことができ
表情もいつもの母に戻っていました。
ただ、右膝が痛くて足を動かせないと言い、点滴のせいか、
足全体がパンパンに腫れていました。
もともと数年前から足の痛みがたびたび出るようになっていて
夕方になるといつも足首がむくんでいたのです。
今回の入院でよけいに足が弱ることを心配していたのですが
ほとんど動いてもいないのに膝が痛くなるとは予想外でした。

八日目。車いすに座って本を読んでいる母に
ずいぶんよくなったんだと胸をなでおろし、
先生にも、明日からはお粥が食べられますよと言っていただいて
久々に明るい気分で病院を出ることができました。
が、翌日はまたもやドドーンと落ち込むことになるのです。



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# by mell1999 | 2016-12-21 23:38 | 胃がん | Comments(4)